リベラ,P.de(読み)りべら

世界大百科事典(旧版)内のリベラ,P.deの言及

【チュリゲレスコ】より

…スペイン・バロック末期の建築様式。〈チュリゲラ風〉の意で,チュリゲラChurriguera一族と,その弟子のリベラPedro de Ribera(1683ころ‐1742),トメーNarciso Tomé(1690ころ‐1740)によって確立された。捩り柱(サロモニカ)や細根の角柱,曲線,絵画,彫刻などを多用し,過剰装飾を特徴とする。…

【バロック美術】より

…また北方のトリノでは17世紀末から18世紀にかけて,ユバラ,グアリーニなどの大建築家が輩出し,装飾画家,スタッコ・デザイナーも空前の盛況を呈した。
[スペイン]
 スペインは,その植民地であったナポリを通じて直接にカラバッジョ主義をうけ入れ,J.deリベラ,スルバラン,ベラスケスなどはその影響のもとに,エル・グレコを代表とするマニエリスムを克服した。このうち,フェリペ4世の宮廷画家であったベラスケスは,ルーベンスとベネチア派の強い影響のもとに円熟した絵画様式を確立し,バロックにおける最大の画家の一人となった。…

※「リベラ,P.de」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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