リンダーホーフ宮(読み)りんだーほーふきゅう

世界大百科事典(旧版)内のリンダーホーフ宮の言及

【ルートウィヒ[2世]】より

…71年,ビスマルクの才腕で新ドイツ帝国が成立しプロイセン王が皇位につくと,ますます現実から逃避し,自分の幻想を実現すべく莫大な費用を投じてバイエルン各地に城や離宮や劇場をつぎつぎに建造した。このうち,山のなかのノイシュワンシュタイン城,森のなかのリンダーホーフ宮,キーム湖に浮かぶヘレンキームゼー宮の三つはとくに有名で,ルートウィヒ2世はこれらの城館でしばしばワーグナーの音楽を演奏させたと伝えられる。 こうして,自分だけの世界に閉じこもって国情をかえりみなかったところから,しだいにプロイセン政府の圧力が加わり,側近の心も王から離れ,やがて王に対する禁治産宣告の声が高まってくる。…

※「リンダーホーフ宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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