世界大百科事典(旧版)内のルーム・ミッレトの言及
【ギリシア】より
…オスマン支配期のギリシアについては,デウシルメに徴集され改宗を強制された者たちを除けば,17~18世紀にマケドニア地方で多くみられるが,それもおもに人頭税をのがれるための経済的理由によるものであった。オスマン政府は強制的な改宗政策をとらず,ミッレト制の原則にしたがって,オスマン政府のための税の徴収と納税の義務と引換えにギリシア正教会に広範な自治権を認め,その自治体をルーム・ミッレト(ギリシア人のミッレト)とよんだ。総主教はミッレト構成員に対する課税権や構成員間の民事裁判権をも与えられたから(刑事裁判はイスラム法による),むしろ以前よりも聖俗両界に対する権威を高めることになった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」