レゴリーニ・ガラッシの墓(読み)れごりーにがらっしのはか

世界大百科事典(旧版)内のレゴリーニ・ガラッシの墓の言及

【エトルリア】より

…鉱山の開発と海外貿易によってタルクイニア,ウェトゥロニア,カエレ,ブルチ等の都市国家が繁栄した。前7世紀前半のカエレの古墳〈レゴリーニ・ガラッシの墓〉の副葬品(豪華な金銀細工等)は,初期の王侯貴族の権勢を示し,前7世紀末タルクイニア出身といわれる男がローマの王になった。全盛期におけるエトルリア人の華やかな日常生活は,タルクイニアの墓の壁画にいきいきと描かれている。…

※「レゴリーニ・ガラッシの墓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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