レーテ体制(読み)れーてたいせい

世界大百科事典(旧版)内のレーテ体制の言及

【レーテ運動】より

…平和の実現や旧体制の打破など政治に対する大衆の意志の貫徹をめざし,地方行政・工場・軍隊などにおける第二帝政以来の権威的諸関係の民主化をはかった。この運動の中から議会制民主主義および資本主義にかわる政治・経済体制〈レーテ体制Rätesystem〉の形成も提起され,一部の地域ではレーテが政治権力を掌握する〈レーテ共和国Räterepublik〉が形成された。ほぼ同時代の,ロシア革命におけるソビエト,ハンガリー革命のタナーチ,イギリスのショップ・スチュアード運動(職場委員),イタリアの工場評議会運動のほか,第2次大戦後のユーゴスラビアにおける労働者自主管理,1956年のハンガリー動乱における労働者評議会との関連が,歴史的条件のちがいを超えて注目される。…

※「レーテ体制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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