ロルヒ修道院(読み)ろるひしゅうどういん

世界大百科事典(旧版)内のロルヒ修道院の言及

【シュタウフェン朝】より

…中世中期ドイツの貴族家門。ホーエンシュタウフェン朝Hohenstaufenとも呼ばれる。11世紀末いらい13世紀中葉の一門断絶にいたるまでシェワーベン大公。1138年から1254年まで,事実上連続してドイツ国王位につく。その間,フリードリヒ1世ハインリヒ6世フリードリヒ2世という3世代の英主は,いわゆる神聖ローマ皇帝としてヨーロッパ的覇権の樹立を目ざす。彼らの努力は結局挫折に終わるが,シュタウフェン諸帝の活躍は中世的皇帝権に最後の輝きを添えたものと評価されている。…

※「ロルヒ修道院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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