ワイディヒ,F.L.(読み)わいでぃひ

世界大百科事典(旧版)内のワイディヒ,F.L.の言及

【ウィーン体制】より

…33年4月には学生,知識人,職人,亡命ポーランド将校らがフランクフルト・アム・マインの衛兵所を襲撃し,軍によってただちに鎮圧されたが,それらの事態を前に,オーストリア,プロイセン,ロシアは神聖同盟を更新して政治的弾圧を強化することになった。34年には,詩人G.ビュヒナーと牧師ワイディヒFriedrich Ludwig Weidig(1791‐1837)がビラとパンフレットによる体制批判の活動を続け,《ヘッセンの急使》を刊行したが,ワイディヒは逮捕され,国際的警察網と検閲の強化の前に,以後40年までドイツ国内における公然たる反体制運動は影をひそめた。 以後その運動はドイツ国外で,とりわけパリとスイスで続けられることとなった。…

※「ワイディヒ,F.L.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む