《わが悲しみの夜》(読み)わがかなしみのよる

世界大百科事典(旧版)内の《わが悲しみの夜》の言及

【ガルデール】より

…フランスのトゥールーズで生まれ,2歳のとき母につれられてブエノス・アイレスに移ったとされるが,出生については異説がある。1912年ごろから民謡歌手として評判になり,17年にタンゴ《わが悲しみの夜》を歌ってセンセーションを起こした。これはそれまで軽快なダンス音楽にすぎなかったタンゴを一変させたほどの,深い哀愁をたたえた名唱だったが,以後ガルデールは人生のドラマを感じさせる数々のタンゴを歌い,2000曲以上のレコードを録音,8本の映画に出演してアルゼンチン最大のスターとなった。…

※「《わが悲しみの夜》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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