《わが魂に会うまで》(読み)わがたましいにあうまで

世界大百科事典(旧版)内の《わが魂に会うまで》の言及

【ビアーズ】より

…数ヵ所の精神病院に転院したが,病院における患者の扱いは暴行,強圧に満ちており,退院後この現実を社会に訴えようと思い,05年から手記を書きはじめた。これが08年に出版された《わが魂に会うまで》(1908)で,その後大いに版を重ねた。出版後,彼は市民運動として精神衛生運動を展開し,死ぬまでこの運動に没頭したが,彼の手記とこの運動はA.マイヤーらに強い影響を与えた。…

※「《わが魂に会うまで》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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