アギーレ・セルダ,P.(読み)あぎーれせるだ

世界大百科事典(旧版)内のアギーレ・セルダ,P.の言及

【チリ】より

… 29年の世界大恐慌は一次産品の輸出国であるチリに甚大な被害をもたらし,イバニエス政権は31年に崩壊,政治的混乱が続いたが,32年アレサンドリ第2次政権以降,チリの政治は安定した。この時期からチリは自由貿易体制を捨てて保護主義を採用し,38年に発足したアギーレ・セルダPedro Aguirre Cerda(1879‐1941)の人民戦線政権は,従来輸入にたよっていた工業製品を国内で生産するという政策を積極的に推進し,50年代までにある程度の成果をあげた。この結果,民族産業資本家,中産階級,労働者階級の成長がみられたが,国内の人口が少ないため,工業製品も期待したほどには需要が伸びず,また農業も古い土地制度に手をつけなかったため停滞して,50年代後半に経済は行きづまり,慢性的インフレ,食糧輸入増による国際収支の赤字などが深刻化した。…

※「アギーレ・セルダ,P.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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