アスキア・イスハーク[2世](読み)あすきあいすはーく

世界大百科事典内のアスキア・イスハーク[2世]の言及

【ソンガイ帝国】より

…かくて,西アフリカ内陸の広大な地域に,〈ソンガイの平和〉が確立されたが,1580年代になってからは,疫病,干ばつ,洪水などの災厄が相次ぎ,モハメド大帝から7代後のモハメド4世(在位1586‐88)の時代には内乱も生じた。そして,次のアスキア・イスハーク2世Askiyā Isḥāq II(在位1588‐91)の時,かねてサハラとその南の黒人の国に野心を抱いていたサード朝モロッコのマンスール王が送った遠征軍の攻撃を受け,91年,帝国は崩壊した。火打石銃を装備したモロッコ軍は,それまで火器を知らなかったソンガイの大騎馬軍を潰走させたが,これがサハラ以南のアフリカ社会に鉄砲がもたらされた最初だった。…

※「アスキア・イスハーク[2世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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