アナウペッルン(読み)あなうぺっるん

世界大百科事典(旧版)内のアナウペッルンの言及

【タウングー朝】より

…トゥングー朝ともいう。バインナウンの子ナンダバインの死(1599)でいったん瓦解したが,その弟ニャウンヤンおよびその子アナウペッルンによって1605年に再建され,1752年にモン軍の手で倒されるまで続いた。13世紀末のパガン朝の滅亡とシャン系王朝の出現とによって南方への民族移動を起こしたビルマ族は,シッタウン川上流のタウングーに城砦を構築したものの,14世紀にはまだシャン族のアバ朝に従属していた。…

※「アナウペッルン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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