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アブド・アッラフマーン(アラウィー朝) あぶどあっらふまーん

世界大百科事典内のアブド・アッラフマーン(アラウィー朝)の言及

【アラウィー朝】より

…彼の死後,再び国内は混乱し,分裂状態になった。フランスのアルジェリア占領(1830)に対して,アブド・アッラフマーン‘Abd al‐Raḥmān(在位1822‐59)はアルジェリアを支援してフランスと戦ったが敗れ,次のスルタン,シディ・ムハンマドの治世(1859‐73)にはモロッコ北部をスペインに占領された。このころから,西欧列強の進出と利権をめぐる争いが強まり,ついに1912年のフェス条約でフランスの保護領となった。…

※「アブド・アッラフマーン(アラウィー朝)」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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