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アラリック抄典 あらりっくしょうてん

世界大百科事典内のアラリック抄典の言及

【西ゴート王国】より

…その後を継いだアラリック2世Alaric II(在位484‐507)は,とくにイベリア半島へのゴート人の植民に努力した。また西ゴート王国内のローマ人のための法典である〈アラリック抄典Breviarium Alaricianum〉を編纂・公布した(506)。 アラリック2世が507年ブイエVouilléの戦で,クロービスの率いるフランク軍に敗れ戦死したとき,王国は崩壊の危機にしたが,東ゴート王国のテオドリック大王の介入によって救われた。…

【リーベル・ユディキオルム】より

…第8回トレド教会会議の承認を得て公布されたといわれる。西ゴート・スペインではこれより前にエウリック法典(475ごろ),アラリック抄典(506),レオビギルド法典(6世紀末)の3法典がつくられていたが,エウリックとレオビギルドは西ゴート人,アラリックはローマ人にそれぞれ別個に適用すべく立法されていたのに対し,リーベル・ユディキオルムは初めて両民族の共通法として編纂,公布されたもので,王国法統一の象徴とみることができる。12編500以上の法律からなる。…

【ローマ法典】より

…ゲルマン諸部族国家において(いわゆる属人法主義のもとに)ゲルマン部族民に適用される部族法典のほかに,国内に住むローマ人のために編纂された法典(法記録)――ローマ人法典――と,ゲルマン人・ローマ人両者に共通して適用されるもので,圧倒的にローマ法に依拠している法典(法記録)とをいう。ローマ人法典として何よりも重要なのは,506年にアラリック2世が発布した西ゴート・ローマ法典Lex Romana Visigothorum(中世にはアラリック王抄典Breviarium Alariciと呼ばれた)である。…

※「アラリック抄典」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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