アルジュバロタの戦(読み)あるじゅばろたのたたかい

世界大百科事典(旧版)内のアルジュバロタの戦の言及

【ジョアン[1世]】より

…85年4月コインブラで開催された身分制議会コルテスでジョアンは国王に選定され,ここにアビス朝が開かれた。同年8月再度侵入してきたカスティリャの大軍をアルジュバロタの戦で破り,ポルトガルの独立を守った。以後,1411年の最終的な和平までカスティリャとの抗争を続けながら,逃亡した貴族に代わって新しく形成された貴族の伸張を抑え,王権の強化,中央集権化を推進して絶対王政への道を開いた。…

【バターリャ】より

…バターリャはポルトガル語で〈合戦〉の意。ポルトガルの代表的ゴシック建築であるバターリャ修道院(正式にはサンタ・マリア・ダ・ビトリア修道院)は,1385年国運をかけたアルジュバロタの戦でポルトガル軍がカスティリャ軍に勝利を得た際,時の王ジョアン1世が戦勝祈願の成就を聖母に感謝し建立を命じたもの。以来16世紀末まで建設が続くが,ついに完成されなかった。…

※「アルジュバロタの戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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