アンナン王国(読み)あんなんおうこく

世界大百科事典(旧版)内のアンナン王国の言及

【アンナン】より

…16世紀以降では絹と陶器の産地である北部ベトナムがアンナンとして,日本,ヨーロッパに知られた。19世紀にいたってザロン(嘉隆)帝が全土を統一するや,王国全体がアンナン王国とよばれた。しかし1862年フランスは南部ベトナムを奪って直轄植民地とし,これをコーチシナとよび,また84年北部を保護領としてトンキンとよんだため,中部ベトナムの保護王国のみがアンナンとよばれ,1902年にはこの名が法定された。…

※「アンナン王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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