ウズベク・ハーン(読み)うずべくはーん

世界大百科事典(旧版)内のウズベク・ハーンの言及

【キプチャク・ハーン国】より

…次のマング・ティムールMangu Tīmūr(1266‐82)のとき,大ハーン位をめぐって,フビライとハイドゥの間で戦われたいわゆるハイドゥの乱(1266‐1304)に介入して,キプチャク・ハーン国は独立国家の地位をえ,14世紀前半のウズベクÖzbek(在位1312‐42),ジャーニーベクJānībek(在位1342‐57)父子のときに最盛期をむかえた。 ウズベク・ハーンはイスラムを国教とし,新サライを都と定めてモスクなどの建築物を造営し,商業・手工業を振興した。この時代,イスラム商人が活躍し,元朝やクリミアのビザンティン人やジェノバ人との貿易も栄えた。…

※「ウズベク・ハーン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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