オットー朝ルネサンス(読み)おっとーちょうるねさんす

世界大百科事典内のオットー朝ルネサンスの言及

【オットー[1世]】より

…その後ベレンガーリオ2世の南下に脅かされた教皇ヨハネス12世の要請をうけて961年再度イタリアに遠征,ベレンガーリオを破って北イタリアを支配下に置き,さらにローマに進んで教皇より神聖ローマ皇帝の帝冠を受けた(962,神聖ローマ帝国の成立)。972年ビザンティン王女テオファノと息子オットー2世との結婚を実現して,皇帝権をビザンティン帝国にも認めさせ,文芸の振興にも意を用い,オットー朝ルネサンスを招来した。後世から大帝と称されるゆえんである。…

【ザクセン朝】より

… ザクセン朝の時代は,ドイツ文化の発展の上でも画期的意義をもつ。経済的先進地域であるイタリアとの交流は,ドイツ国内の商工業に刺激的影響を与え,イタリアに残る古典文化の伝統との接触により,オットー朝ルネサンスとよばれる現象を生んだからである。イタリア政策オットー美術【平城 照介】。…

※「オットー朝ルネサンス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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