カエレスティウス(読み)かえれすてぃうす

世界大百科事典(旧版)内のカエレスティウスの言及

【ペラギウス】より

…410年西ゴート族によるローマ陥落後北アフリカのカルタゴに行き,アウグスティヌスとはげしく論じ合った。その論争はペラギウスがパレスティナに去ったのちも弟子のカエレスティウスCaelestius,アエクラヌムのユリアヌスJulianusとアウグスティヌスの間でつづけられ,アウグスティヌス側の莫大な論争書が残っている(《霊と文字》《自然と恩恵》《ユリアヌス反駁》など)。 ペラギウス派はストア学派の賢者の理想をかかげ,ひとは律法を完全に守ることでこの目的に至りうると主張した。…

※「カエレスティウス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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