カッタク(読み)かったく

世界大百科事典(旧版)内のカッタクの言及

【パーラ・セーナ朝美術】より

…このパーラ様式は東南アジア,ネパール,チベットに伝えられ,それらの地で新たな展開をみせた。なおこの頃オリッサ州のカッタク周辺でも密教が栄えたことは,近年発掘されて注目を集めているラトナギリその他の伽藍址から明らかとなった。パーラ朝に代わって11世紀末にベンガル地方を支配したセーナ朝はヒンドゥー教を保護し,首都ラクナウティーに壮麗な寺院を造立したが,14世紀にイスラム教徒に破壊され,その石材はモスク造営に転用された。…

※「カッタク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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