ガーリチ公国(読み)がーりちこうこく

世界大百科事典(旧版)内のガーリチ公国の言及

【ガーリチ・ボルイニ公国】より

…キエフ・ロシアの分裂化が進行し,キエフ大公の地位が低下する中で,強力な公国の一つとして発展し,12世紀末には大公国と称した。当初ガーリチ公国とボルイニ公国として隣接する別々の国であったが,1199年ボルイニ公ロマンRoman Mstislavich(?‐1205)がガーリチ公国を併合して一つの公国とし,このロマンが大公の称号を採用した。キエフ・ロシアの南西部にあってポーランド,ハンガリーと国境を接し,ドナウ川沿岸地域をめぐってビザンティン帝国との関係も生じるという位置にあったため,これら諸国の介入を受けたり,ポロベツ人の襲撃に対処しなければならなかった。…

※「ガーリチ公国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む