クドゥル(読み)くどぅる

世界大百科事典(旧版)内のクドゥルの言及

【カッシート】より

…ここからはテラコッタ製の小品(人物とライオンの頭部)も出土した。カッシート時代後期から,バビロニアではクドゥルkudurruと呼ばれる石彫品が作られるようになる。縦長の石材の表面に神々のシンボル(太陽,月,雷,または動物など),人物像などが浮彫で表され,さらに銘文が刻みつけられた。…

【バビロニア】より

…カッシート朝バビロンは,その後一時アッシリアの支配を受けるなどし,最終的には前1155年エラム人により滅ぼされた。カッシート時代といえば〈クドゥル〉と呼ばれる石碑を連想する。これは不規則な形をした石碑で,碑文のほかに神々のシンボルが浮彫されている。…

※「クドゥル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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