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クルチ・アルスラン[2世] くるちあるすらん

世界大百科事典内のクルチ・アルスラン[2世]の言及

【ダーニシュメンド朝】より

…始祖ダーニシュメンド(?‐1104)以降歴代君主はガージー(イスラムの信仰戦士)として西欧十字軍勢力やビザンティン帝国と戦った。しかし,12世紀半ば王統が分裂し,1178年には最後に残ったアナトリア南東部マラティヤの町を統治していた王統が,ルーム・セルジューク朝のスルタン,クルチ・アルスラン2世に下って王朝は消滅した。【井谷 鋼造】。…

【ルーム・セルジューク朝】より

…スライマンは1071年マラーズギルドの戦の後,アナトリアへ入り,ニカエアを占領してルームの地にセルジューク朝国家を創建した。スライマンの子クルチ・アルスラン1世Qïlïch Arslān Iの時代(在位1092‐1107)には第1回十字軍による攻撃でニカエアを失い,以後国家の首都はアナトリア中央部にあるコニヤに置かれた。12世紀後半スルタン位にあったクルチ・アルスラン2世(在位1155‐92)のもとで勢力は大いに伸張し,アナトリアのムスリム・トルコ人の指導的地位を確立した。…

※「クルチ・アルスラン[2世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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