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クーアフュルステンダム くーあふゅるすてんだむ

世界大百科事典内のクーアフュルステンダムの言及

【ベルリン】より

…大ベルリン化により人口386万人を擁するに至ったベルリンは,ワイマール共和国の首都として東ヨーロッパからの大量の亡命者,移民を迎え入れ,ドイツ戦後経済の復興とともに文字どおりの〈世界都市〉として〈黄金の20年代〉を迎える。 この時代のベルリンは〈ワイマール文化〉の中心地として,クレンペラー,B.ワルター,フルトウェングラー,ヒンデミット,シェーンベルクらの活躍した音楽界や演劇(ブレヒトの《三文オペラ》は1928年ベルリンで初演)などの部門のみならず,映画やキャバレーなどの通俗文化においても活況を呈し,クーアフュルステンダムKurfürstendamm周辺(旧西ベルリンの目抜き通り)が映画館,カフェ,キャバレーの集まる新たな繁華街となった。しかしこの繁栄も長続きはせず,世界恐慌のなかの1932年にはベルリンだけで60万人を超える失業者を数えた。…

※「クーアフュルステンダム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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