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コック ブロンホフ Cock Blomhoff, Jan

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

コック=ブロンホフ Cock Blomhoff, Jan

ブロンホフ

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

コック=ブロンホフ

没年:1853.10.13(1853.10.13)
生年:1779.8.5
江戸後期の出島オランダ商館長。アムステルダム生まれ。15歳で軍隊に入り,のちジャワに渡航,文化6(1809)年出島商館荷倉役として来日。当時ジャワを占領していた英国東印度会社の出島奪取計画を商館長ドゥーフと協力して阻止した。イギリスでの捕虜生活を経て,オランダ独立回復後の同14年から出島商館長。文政6(1823)年までの在任中貿易額を増やしたほか,江戸参府を2度行い,蘭学者,諸大名らと幅広く交際した。ハーグ(オランダ)の文書館には日本人が彼にあてた和文・蘭文の書簡,誕生祝いの寄せ書き,贈品目録などが保管されている。滞日10年余り,歴代商館長のなかでもとりわけ日本人に親しまれた人物である。来日時同伴した夫人と子供が結局は帰国させられたことでも話題を呼んだ(川原慶賀ブロンホフ家族図」他)。またフェートン号事件後の文化6年,幕命で阿蘭陀通詞に英語を教授,本木庄左衛門『諳厄利亜興学小筌』(本邦初の英学書)などの成果を生んだ。文政7年に帰国,アメルスフォールト(オランダ)で死去。大量の日本蒐集品と関係史料がオランダの博物館,文書館に収蔵されている。<参考文献>沼田次郎「和蘭商館長ヤン・コック・ブロムホフについて―とくに洋学史との関連において―」(『長崎市立博物館館報』26号),竹村覚『日本英学発達史』

(鳥井裕美子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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