世界大百科事典(旧版)内のコロボックル論争の言及
【コロボックル】より
…アイヌの女性の入墨習俗も,コロボックルがもたらしたものと語られている。
[コロボックル論争]
コロボックルの名は,すでに寛政年間(1789‐1801)から文献に現れるが,明治時代の中期以降,日本人の起源をめぐる論争の中で脚光を浴びることになる。すなわち人類学者坪井正五郎は1887年,石器時代の日本列島に住んでいたのは,このコロボックルであると発表し,さらに彼らはエスキモーに近い人種であったが,アイヌに追われて姿を消したと説いた。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」