デュランド・ライン

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

デュランド・ライン

1893年、英領インドとアフガンの間に引かれた国境線。ただ、協定の締結では英国側の強要があったとされ、歴代のアフガン政権は正式な国境と認めていない。パシュトゥン人の居住区域を分断する形で引かれている。47年にパキスタンが成立すると、同民族の間で独立の機運が強まった。

(2007-01-18 朝日新聞 朝刊 1外報)

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世界大百科事典内のデュランド・ラインの言及

【ハイバル[峠]】より

…一帯は小灌木がまばらに生えるのみの峨々たる岩山で,所々に要塞や,第1次,第2次イギリス・アフガニスタン戦争時のイギリス軍の記念碑が点在する。イギリスは1879年のガンダマク条約により峠一帯の支配権を獲得し,現在の国境は1893年画定のデュランド・ラインに沿っている。当時のイギリスとアフガニスタンとの力関係を反映して,国境は峠を通る分水嶺ではなく,西麓のアフガニスタン側の平地に引かれている。…

※「デュランド・ライン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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