トゥトアンクアモン(読み)とぅとあんくあもん

世界大百科事典(旧版)内のトゥトアンクアモンの言及

【ツタンカーメン】より

…古代エジプト第18王朝第12代目の王。在位,前1347ころ‐前1338年ころ。トゥトアンクアメ(モ)ンとも表記され,信仰復興王と呼ばれる。誕生名はツタンカーテン(トゥトアンクアテン)で,おそらく王族の出身だが,両親の名は不明である。宗教改革王イクナートンの三女アンケスエンパアテンとの結婚により王位継承権を得た。9歳のころ即位し,はじめアテン信仰を奉じたが,治世第4年ごろ〈宗教改革〉の放棄に踏み切り,信仰復興の勅令を公布して,アメン信仰以下伝統的な多神教信仰を復活させ,王都もアテンの都アケトアテン(アマルナ)からメンフィスに移すとともに,王名をツタンカーメンと改名した。…

※「トゥトアンクアモン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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