世界大百科事典(旧版)内のトルチュー[島]の言及
【ハイチ】より
…先住民カリブ族は金鉱採掘に酷使されたため間もなく絶滅し,早くも1503年にアフリカから黒人奴隷が導入された。1627年北部沿岸のトルチュー島(トルトゥガ島)にフランスの海賊が定住し,その後イスパニオラ島の西3分の1を占領したため,1697年のリスウィック条約で正式にその部分がフランスへ割譲された。フランスはここをサン・ドマングと命名し,奴隷労働に基づく綿花,砂糖,コーヒー栽培を行い,18世紀末には奴隷人口は40万人に達した。…
※「トルチュー[島]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」