ニコラ,V.U.(読み)にこら

世界大百科事典(旧版)内のニコラ,V.U.の言及

【ホリアの乱】より

…蜂起の3人の指導者の名を付してホリア・クロシュカ・クリシャンの乱ともいう。ホリアHoria(〈フルートの名手〉の意)はトランシルバニアのアプセン山脈に住んでいたルーマニア人(一般にモツィと呼ばれる)農奴で,本名はニコラVasile Ursu Nikola(?‐1875)。ルーマニア人の農奴身分からの解放を求めて,1779‐84年に4度ウィーンへ赴き,マリア・テレジアとヨーゼフ2世に直訴したが聞き入れられなかったので,84年11月ブチウムで民衆集会を開き,同月末には貴族所領の廃止と,それの農奴への分配を要求する綱領を作成した。…

※「ニコラ,V.U.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む