世界大百科事典(旧版)内のハノーファー家の言及
【ウィンザー家】より
…1714年アン女王の死去に伴い,王位継承法(1701)に基づき新教徒であったドイツのハノーファー選帝侯が,ジョージ1世としてイギリス王位に迎えられ,スチュアート朝に替わってハノーバー朝が始まる。しかし1837年ビクトリア女王が即位すると,女子相続を認めないドイツのハノーファー家との同君統治の関係は消滅し,女王の死後の1901年,エドワード7世は,父アルバートの出身によりサックス・コーバーグ・ゴータSaxe‐Coburg‐Gotha家と改称した。その後,第1次世界大戦中ジョージ5世(在位1910‐36)は,国民感情を考慮し,敵国であるドイツ風のこの呼称を廃し,王宮所在地にちなみウィンザーWindsor家と改めた。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」