ヒトロフカ(読み)ひとろふか

世界大百科事典内のヒトロフカの言及

【モスクワ】より

…1811年に27万余りをかぞえた人口はナポレオンの侵入時に1万人に激減したが,20年代にはもとの水準に戻り,さらに51年のモスクワ~ペテルブルグ間の鉄道開通,61年の農奴解放などを契機に,織物をはじめ軽工業を中心とするモスクワの産業は一段と発展し,19世紀末に人口は100万を突破した。その人口の大半を占めたのはロシア各地の農村から流入した大小の規模の企業で働く労働者や零細な商人たちであり,それら下層の住民の居住区をつつみこんで市域が著しく拡大すると同時に,ゴーリキーの《どん底》の舞台となるヒトロフカKhitrovkaをはじめ市内各地に貧民窟が形成された。他方,モロゾフ家,グチコフ家のように地方の農民から身をおこしモスクワで事業を営んでブルジョア化した例も多く,概して市政の実権は貴族から資本家の手に移った。…

※「ヒトロフカ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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