ピエール・ド・クルトネ(読み)ぴえーるどくるとね

世界大百科事典内のピエール・ド・クルトネの言及

【ラテン帝国】より

…第4回十字軍とベネチアが,〈ローマニア(ビザンティン帝国支配領域)分割協定〉(1204年3月)に基づき,コンスタンティノープル攻略(1204年4月)後に合作した国家。同協定の定める皇帝選考委員会(ベネチア側,騎士側それぞれ6名から成る)は,自ら従軍したベネチア総督ダンドロEnrico Dandoloの筋書どおり,十字軍指導者のモンフェルラート辺境伯ボニファチオBonifacioをさしおいて,フランドル伯ボードアンBeaudouinを選び,後者は,皇帝を出さなかったベネチア側から選ばれたコンスタンティノープル・ラテン総主教モロシニTomaso Morosini(ベネチア貴族出の修道士)により,アヤ・ソフィア教会でボードアン1世(在位1204‐05。…

※「ピエール・ド・クルトネ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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