フランス国民解放委員会(読み)ふらんすこくみんかいほういいんかい

世界大百科事典(旧版)内のフランス国民解放委員会の言及

【ド・ゴール】より

…ロンドンにおいてド・ゴールは自由フランス軍を組織し,連合軍に参加する一方,フランス国内のレジスタンス勢力の結集に努めた。連合軍による北アフリカ解放後の43年6月,アルジェでフランス国民解放委員会を組織,次いで44年6月2日,これをフランス共和国臨時政府に改組,その首相となる。こうしてド・ゴールは8月25日のパリ解放とともに国民解放の英雄としてパリに帰還,戦後フランスの最高の指導者として登場することになる。…

※「フランス国民解放委員会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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