マッラ王朝(読み)まっらおうちょう

世界大百科事典(旧版)内のマッラ王朝の言及

【ネパール】より

…15世紀後半には王国が兄弟間に分割されるという事態が起こり,それ以後カトマンズ盆地およびその周辺で分立した王国は互いに争い,力を弱めていった。 カトマンズ周辺以外では,11世紀から14世紀に西ネパールのカルナリ川流域で栄えたヒンドゥー系のカサ勢力のマッラ王朝が有名で,インド,チベット間の中継交易を行い,一時は西チベットからガルワールに勢力を広げていた。その他14~16世紀の中央ネパールのセーン王国なども有力であったが,18世紀中葉には西ネパールに数十の勢力の割拠状態が見られた。…

【ネワール】より

…ネパールのカトマンズ盆地(標高約1300m)を故地とする人々。人口約45万(1971)。母語はチベット・ビルマ語系のネワール語で,ネパール語を国語とする国の首都の主要住民が,国語とまったく異なる言葉をもつという形になっている。彼らは古くから都市文明を培い,シャハŚāh王朝による現ネパール王国の統一(1768∥69)以前に盆地とその周辺を版図とするいくつかの王朝を築いた。7世紀前後数世紀にわたって存在したリッチャビLicchavi王朝の繁栄は中国の史書にも見え,また13~18世紀のマッラMalla王朝時代には建築,彫刻などの工芸や学問が開花した。…

※「マッラ王朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android