ワイマール宮廷劇場(読み)わいまーるきゅうていげきじょう

世界大百科事典(旧版)内のワイマール宮廷劇場の言及

【宮廷劇場】より

…3000ともいわれる小領邦に分かれていた18世紀ドイツの各宮廷もそれにならったので,多くの宮廷劇場が成立し,芸術の先進国イタリアやフランスから出費もいとわず多くの芸術家が招かれ,演劇の水準も高くなっていった。ワイマール宮廷劇場はゲーテ(1791年に劇場監督に就任)とシラーの協力を得,その劇場活動は大きな成果を示した。また19世紀後半にはマイニンゲン公の率いる一座(マイニンゲン一座)が西欧各国やロシアを巡業して名声を得た。…

※「ワイマール宮廷劇場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む