世界大百科事典(旧版)内の一家心中の言及
【捨子】より
…1880年の《全国民事慣例類集》では,出生後相当年月を経てはじめて社会的に登録される地が多い反面,毎月懐胎者調べを行う地もみえる。第2次大戦前の体制では,戸籍の整備,刑法遺棄罪の規定があり,堕胎の取締りが強化されたが,捨子の変型としての一家心中事件も,ときにみられた。【塚本 学】
[民俗]
《帝国統計年鑑》によれば,明治初中期の日本には捨子が多く,1885年(明治18)には1364人の捨子がなされ,以後徐々に減じたが今日なみの100人前後に落ち着くのは大正末年以降である。…
※「一家心中」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」