一瀬憲(読み)いちのせけん

世界大百科事典(旧版)内の一瀬憲の言及

【画仙紙(画箋紙)】より

…江戸時代に文人の間に,中国の書道用紙を好む趣味が広がったので,そのころから日本でも中国の書道用紙を再現する試みは行われたが,大きく発展することなしに終わっていた。1948年ころ,中国からの輸入が途絶した状態のもとで,山梨県南巨摩郡中富町西島で一瀬憲が,書家の竹田悦堂とともに中国紙を研究したのが機縁となって,甲州画仙紙が始められ,次いで昭和30年代の初めに因州画仙紙(鳥取県八頭郡佐治村と気高郡青谷町)が起こり,次いで書道半紙(改良半紙)の愛媛県川之江市などと,日本に急速に中国風の書道用紙の生産が発展した。甲州画仙紙,川之江の書道半紙はミツマタの古紙を多く使い,因州画仙紙は数多くの種類の木材パルプと地元で草とよぶ稲わらや麦わらを混ぜるのを特色としている。…

※「一瀬憲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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