丁税地税の法(読み)ていぜいちぜいのほう

世界大百科事典(旧版)内の丁税地税の法の言及

【元】より

…この場合,南宋平定後の江南に従来のまま両税法が施行されたのはきわめて自然であるが,問題なのは内郡に行われた税糧,科差である。すなわち田賦である税糧が〈丁税地税の法〉と称せられたように,丁男ごとに粟1石もしくは戸ごとに4石の計算で,そのいずれか多量の一方をもって納入額とするというまったく田賦らしからぬ規定を後世まで持続したのであった。他方,役銭の形が普通であるはずの科差においても,これまた戸ごとに糸11.2両(のちに22.4両)・銀6両(のちに4両)を割り当てる糸料・包銀の2種目からなっていて,ともにその特異性が目だつからである。…

※「丁税地税の法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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