《七大寺日記》(読み)しちだいじにっき

世界大百科事典(旧版)内の《七大寺日記》の言及

【七大寺巡礼】より

…金峰山詣,長谷詣,熊野詣などは著名であるが,このような気運は藤原貴族と関係の深い南都諸大寺にも及び,法華寺,唐招提寺などの諸寺も巡拝の対象となった。1106年(嘉承1)と40年(保延6)の2回にわたって大江親通(?‐1151)は七大寺巡礼を行ったが,今日そのときの記録として《七大寺日記》《七大寺巡礼私記》が伝えられ,院政期の諸大寺の実情を伝えるうえで最も重要な資料とされている。【堀池 春峰】。…

※「《七大寺日記》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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