改訂新版 世界大百科事典 「三国同盟戦争」の意味・わかりやすい解説
三国同盟戦争 (さんごくどうめいせんそう)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…62年のロペス大統領の死まで続いた同政権は,副大統領の座にあったその子F.ソラノ・ロペスを大統領とする政権に引き継がれた。ソラノ・ロペス政権は前政権の政策を継承しながら国力の高揚に努めたが,64年隣接国との国境問題を契機としてブラジル,アルゼンチン,ウルグアイを敵国とする三国同盟戦争(パラグアイ戦争)に突入,70年3月ロペス大統領の戦死に至るまで死闘が繰り返された。この戦争によりパラグアイは広大な領土と半数近い国民を喪失,国力は著しく弱まった。…
…アルゼンチン,ブラジル,ウルグアイの三国同盟とパラグアイとの間で1864年11月から70年3月まで続いた戦争。三国同盟戦争ともいう。ウルグアイ内戦に対するブラジルの軍事介入を阻止するため,パラグアイがアルゼンチン国境地帯を通過して出兵し,それが戦争勃発の発端となった。…
※「三国同盟戦争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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