三好吉房(読み)みよしよしふさ

世界大百科事典(旧版)内の三好吉房の言及

【尾張国】より

…関東への備えとして甥の羽柴(豊臣)秀次を清須城主にし,一柳直盛を黒田城(木曾川町)に入れ3万5000石を与え,秀吉の直轄領もおいた。秀次は関白で不在であり,実父三好吉房に犬山城10万石を与え清須城におらせて岡崎城主田中吉政とともに国政をゆだねた。秀次の治世中,92年(文禄1)総検地,翌年再検地,木曾川堤の構築および荒地開墾がおこなわれた。…

【豊臣秀次】より

…安土桃山時代の武将。父は豊臣秀吉の近臣三好吉房,母は秀吉の実姉日秀。1585年(天正13)秀吉から近江で自分遣(つかい)20万石,宿老の当知行分23万石,計43万石を宛行われ,八幡山に築城した。…

※「三好吉房」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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