改訂新版 世界大百科事典 「三浦氏の乱」の意味・わかりやすい解説
三浦氏の乱 (みうらしのらん)
→宝治合戦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
→宝治合戦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…1247年(宝治1)6月,北条氏と三浦氏との間におこった合戦。三浦氏の乱ともいう。鎌倉将軍藤原頼経は在職が長期にわたるにつれ御家人との結びつきが深まってその権勢が強まり,執権の権勢が不安定になることを北条氏に警戒されて更迭されたが,その後も鎌倉にとどまって〈大殿〉と称され,前将軍として勢力を保持していた。…
※「三浦氏の乱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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