三輪神宮寺(読み)みわじんぐうじ

世界大百科事典(旧版)内の三輪神宮寺の言及

【三輪神道】より

…前者の葬送に関する説話は,《八幡愚童訓》や《沙石集》などにもみえるが,神明は慈悲を貴び死穢を忌まないとする中世仏教者の神道観を示すものと考えられ,後者の説話は,慶円と三輪明神とがたがいに神道灌頂を授けあったとする後代の三輪流縁起に展開する。慶円の門流は三輪社(大神(おおみわ)神社)の平等寺別所(のち別当寺)によったが,旧来の三輪神宮寺も叡尊が再興して大御輪寺(若宮別当寺)と名称が改められた。1318年(文保2)には叡尊系のひとびとによって《三輪大明神縁起》が作成される。…

※「三輪神宮寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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