世界大百科事典(旧版)内の上越南線の言及
【上越線】より
…上越線は1892年制定の鉄道敷設法で建設予定線となったが,上越国境の清水トンネルを含む山岳地帯の大工事が必要であったこともあり,予定線の中では最後まで着工されず,ようやく1918年3月工事開始が決定された。工事は高崎側および宮内側からそれぞれ上越南線,上越北線として開始され,まず上越北線宮内~東小千谷間が20年11月に開業,上越南線高崎~渋川間が翌年7月に開業,その後順次延長開業し,31年9月水上~越後湯沢間の開通によって全線が開通し,上越線と改称された。上越線開業以前の関東と新潟を結ぶ鉄道としては,すでに直江津経由の信越本線が開通していたが,上越線は距離にして約100km,時間にして約4時間短縮されることとなり,新潟と関東とを結ぶ重要な幹線となった。…
※「上越南線」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」