上野毛公(読み)かみつけぬのきみ

世界大百科事典(旧版)内の上野毛公の言及

【行賀】より

…奈良末・平安初期の学僧。俗姓上毛野公(かみつけぬのきみ),大和国広瀬郡の人。25歳で遣唐留学にあてられ,唯識・法華の両宗を学ぶ。在唐すること31年,百高座の第二に居り,《法華経弘賛(ぐさん)》《唯識論僉記(せんき)》などを著して大いに学業をなし,聖教要文500巻余りを持ち帰った。東大寺の明一が宗義を難問したところ,行賀は返答につまり,明一から留学の実が上がらず国費の消耗だと痛烈にののしられた。行賀は深く恥じ,刻苦精励して研学にはげみ,《大智度論釈》《維摩経略賛》《法華経科文》など多くの注疏を著述した。…

※「上野毛公」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む