世界大百科事典(旧版)内の《下り竹斎》の言及
【竹斎】より
…成立は1621‐23年(元和7‐9)ごろから36年(寛永13)ごろまでの間。木活字本,寛永絵入整版本,寛文版《竹斎狂歌ばなし》,天和版《下り竹斎》など諸版がある。作者は烏丸光広(1579‐1638)ともされたが,伊勢松坂生れ,江戸住みの医者磯田道冶(どうや)(1585‐1634)説が有力。…
※「《下り竹斎》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…成立は1621‐23年(元和7‐9)ごろから36年(寛永13)ごろまでの間。木活字本,寛永絵入整版本,寛文版《竹斎狂歌ばなし》,天和版《下り竹斎》など諸版がある。作者は烏丸光広(1579‐1638)ともされたが,伊勢松坂生れ,江戸住みの医者磯田道冶(どうや)(1585‐1634)説が有力。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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