下坂本(読み)しもさかもと

世界大百科事典(旧版)内の下坂本の言及

【坂本】より

…また坂本で山門衆徒が私的に所有する里房は,宗教的色合いの濃い山上房舎とは異なり,俗人をも交えた衆徒の同族的な結合の中で経済得分に関する雑務をとり扱うという世俗性の強いものであった。山門領荘園の多くは近江および北陸地方に分布していたが,そこからの年貢や材木などは湖上を経て三津浜と呼ばれる下坂本湖岸に陸揚げされた。また山門は鎌倉初期に坂本より山中を経て京白川に至る今路(いまみち)を造成することによって,京都への輸送ルートをも掌握した(《葉黄記》)。…

※「下坂本」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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