並作半収制(読み)へいさくはんしゅうせい

世界大百科事典(旧版)内の並作半収制の言及

【李朝】より

…自作農も広範に存在したが,彼らは良人(常民)として田税のほかに貢納,徭役などの重い負担を国家から課せられていた。そのため,没落や逃亡による彼らの小作人化もすすんで,そこに並作半収制とよばれる地主・小作関係がしだいに拡大していった。こうした地主制の拡大は,人頭数を基準とした力役賦課(計丁法)の存続を困難にし,1420年には所有地を基準とする力役賦課(計田法)に変えられた。…

※「並作半収制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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