世界大百科事典(旧版)内の中世本堂形式の言及
【寺院建築】より
…一方,貴族邸に持仏堂を置くことから,邸宅と寺院の両性格をもつものもあった。堂内を内・外陣に分け仏と人に別の空間を造る中世本堂形式も平安末からでき,当麻寺曼荼羅堂が知られる。観音信仰や修験道の山寺には,鳥取県三仏寺奥院など懸造(かけづくり)の堂も造られた。…
※「中世本堂形式」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…一方,貴族邸に持仏堂を置くことから,邸宅と寺院の両性格をもつものもあった。堂内を内・外陣に分け仏と人に別の空間を造る中世本堂形式も平安末からでき,当麻寺曼荼羅堂が知られる。観音信仰や修験道の山寺には,鳥取県三仏寺奥院など懸造(かけづくり)の堂も造られた。…
※「中世本堂形式」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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